優秀なマネージャーほど、メンバーを成長させたいと考えます。メンバーを変えたいと考えたこの試みの殆どは失敗します。もちろん、少ない頻度で成功することもあるが、その背後には多くの失敗が生まれています。メンバーを成長させることは正しいことに思えるのに、なぜ上手く行かないのでしょうか。
正義から生まれるから、たちが悪い
そもそも、優秀なマネージャーは、なぜメンバーを成長させたいと考えるのでしょうか?
次のように、マネージャーがメンバーを成長させたいと考えることは、数多くの正しい動機に支えられています。
- メンバーが成長する訳なので、組織が得をする。
- メンバーが成長する訳なので、メンバーにとっても得する。
- メンバーが成長する訳なので、マネージャーにとっても評価に繋がる。
- メンバーがマネージャーと同じ知識を身につけるので、仕事がやりやすくなる。
- マネージャーがメンバーを成長させることで、マネージャーの自己満足も得られる。
- 人の成長を信じて期待することは倫理的にも美徳である。
このように多くの動機に支えられているので、マネージャーがメンバーを育てたいと思う衝動を抑えられる方が不思議なことかもしれません。マネージャーからすれば良かれと思って行うことです。メンバーからすればマネージャーの期待に応えたいと思いつつ、応えられなければ自分を責めるかもしれません。
まさに、正義から生まれるから、たちが悪いのです。
人間とは、自ら知りたいと思うことだけを知り得る
なぜ、マネージャーがメンバーを成長させたいという試みは失敗するのか。古代ローマのカエサルの言葉に、「人は喜んで自己の望むものを信じるものだ」というものがあります。
人は外からの知識を与えられると、それを自分なりに咀嚼して、自分なりに行動するしかできません。このとき自分なりに咀嚼するための脳を構成する知識は、その人が過去に経験したことです。結局、その人なりの理解にしかなりません。その人なりに咀嚼された理解から行動に移したところで、その人なりの行動にしかなりません。
その人なりに咀嚼して理解してくれれば良しとすべきです。咀嚼しても理解まで至らず忘れ去られることも多くあります。咀嚼の時間も、その瞬間に終わることもあれば、数ヶ月から数年掛かるということもあり、途中で「よく分からない」と思えば咀嚼そのものも止めてしまうことすらあります。
その人なりの咀嚼しかできないとして、咀嚼するための原動力となるモチベーションが必要になります。人は自分が咀嚼したいから咀嚼するのであって、他人に言われて咀嚼するのは面白くありません。その人が咀嚼したいと思うかどうかは、その人の過去の経験に照らして判断されるものなので、外から新しい知識を与えられてもモチベーションに直結しません。つまり、興味が沸かなければ知りたいとも思わないということです。
更に問題になるのは、新しく外から与えられる知識というものは、新しい知識であればあるほど受け取り手の過去の知識とは重ならない知識であり、正確に咀嚼されるのが難しくなります。悪気はなくても確証バイアスというものが働くものです。
知識を教えることはまだしも、行動原理まで教えることは難しい
成長する人ほど、咀嚼の仕方を自分なりに工夫するのです。そして、多くの知識を自分のものにしようとします。だから、優秀なマネージャーほど咀嚼の仕方がとても重要であることを自己体験として知っていて、ついついメンバーに自分が身につけた咀嚼の仕方を教えてあげたいという、親切というかお節介をしてしまうのです。
このとき、マネージャーが持っている咀嚼の仕方とは単なる知識だけでなく、行動原理まで含めたものです。知識だけでなく行動原理まで教えようとしますが、行動原理はマネージャーの過去の経験に裏打ちされたものなので、経験の浅いメンバーにとっては理解するハードルが高すます。そう簡単に、腑に落ちるまで至りません。
単なる知識であればまだしも、行動指針となると自らの過去の経験と違うことも多く、咀嚼が難しくなります。「わからないことすらわからない」という状況です。会社のおじさん達が、過去のエピソードを若手に語るのと似ています。若手からすると、そのエピソードを聞いてもどうしていいか分からないのです。
仮に、マネージャーとメンバーの性格や経験が似ているのであれば行動原理まで理解できるかもしれませんが、そうでなければ単なる知識を伝えるよりも、難しいものになります。理解できるかどうかは相手によるということです。
結局、成長できる人は自ら成長する
ただ、実は成長する人ほど、この咀嚼の仕方を自分なりに工夫するのです。だから、優秀な人ほど咀嚼の仕方がとても重要であることを自己体験として知っていて、ついつい相手に自分が身につけた咀嚼の仕方を教えてあげたいという親切というかお節介をしてしまうのです。
そもそも成長する人は、自分の咀嚼の仕方を工夫するので、身の回りにいる優秀な人から、咀嚼の仕方を学び取ろうと貪欲に質問したり、仕事の仕方を盗み取ろうとします。成長する人と成長しない人は周りからみても分かるものです。
咀嚼の仕方をトレーニングする上で大事なポイントは、咀嚼することを楽しめるかどうかです。楽しめるためには、やっぱり自分の興味関心に合致していることが大事になります。結局、自分のパーソナリティを離れて咀嚼することは出来ないし、咀嚼する仕方を学ぶことも出来ないのです。
成長できる人は自ら成長するための行動を日頃から行っているものです。積極的に人から学ぼうとする、本を読んで知識を得ようとする、学んだことを日常業務で実践してみようとします。この日常的な高頻度の実践とフィードバックのPDCAサイクルが、その人を大きく成長させることになります。
結局、マネージャーに出来ることはメンバーが自己成長するための支援をすることだけです。必要な知識のヒントだけを与えて、メンバーが学んだことを実践するための場を与えて、仮にメンバーが失敗しても諦めずに次のチャンスを与えるのです。マネージャーに出来るのは、これだけです。
人材育成は植物を育てるようなものです。土を作り、水を与えて、肥料を与えることはできるとしても、植物が育つかどうかは植物自体の強さ次第なのです。植物をすぐに成長させたいからといって、無理にひっぱっても切れてしまう。
メンバーが自ら成長する力があることを信じられること、仮に成長しなかったとしても諦めないことがマネージャーの責任です。メンバーが無理に背伸びせずに、地に足を付けて歩めるようなコミュニケーションが大事なことです。
人、それぞれであることを楽しむ
マネージャーとしてはメンバーの成長に期待しつつも、メンバーがいつどのような成長をするかは本人次第であり、それを長い目で見守るしかありません。
現代において、ストレスの理由が殆どは対人関係です。人間の世は思うように行きません。立川談志が「落語とは、人間の業の肯定」と言ったようですが、理性の通りに行かない人間が面倒でもあり面白い。自分に対しても他人に対しても、人間の業を受け入れることを芸として形にしたのが落語です。実は、人間の業を受け入れるという事で、笑いとは自己肯定感を高める手法でもあります。イギリス人ならユーモア(ブラックユーモア含む)ということなんでしょうね。最近はTVも規制が厳しいようで笑いに制限が掛けられていますが、それは本来の人間の形を枠に嵌めようということで危険なことです。
落語が難しいと思う人は、AmazonPrimeでナイツの漫才を聞いてみると、人間って楽しいなって分かると思います。対人関係でギスギスしたら、是非。笑い飛ばしましょう。
コメント